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分かっている範囲の症状や被害の状況について解説します。

根本治療法のない毒ガス被害

 

毒ガスによる被害は、身体的なものにとどまらない。

身体的被害、②経済的被害、③人的被害と、生涯にかかわる極めて重大な被害を被害者達は受けている。

 

イペリットは、目や毛穴、呼吸器から体内に容易に侵入し、全身の細胞を急速に破壊してしまいます。被毒後も、さまざまな毒ガスの中毒障害に苦しめられています。しかも、特効薬がなく、毒ガスは敵に深刻な被害を与えるために作ったものであるため、被害にあった時どう治療するか、という研究はまったく進んでおらず、その治療は対症療法に頼らざるを得ない。若い被害者は学業に支障をきたし、将来への展望を失っている。さらに、働くことができなる一方で、莫大な医療費がかさむことによって、大きな経済的被害も受け、生活することが困難な状況に陥っています。それにより、場合によっては、離婚や、家族崩壊など、人的関係への影響も非常に大きな問題として、被害者達を苦しめています。

 

① 分かってきていること


毒ガスは気体なので、吸い込んで呼吸器に障害がでる(慢性気管支炎を含む呼吸器系疾患)、皮膚に触れて皮膚疾患が生じる(皮膚疾患)、消化器系疾患、循環器系疾患などがこれまではある程度分かっていた。しかし、近年、日本の医師を中心に中国の医師の協力を得た検診の中で、毒ガスによって神経症状(中枢神経症状、自律神経症状、末梢神経症状)が生じる可能性が指摘されるようになっている。血液から全身にまわり、高次脳機能障害、視野狭窄、記憶力の低下などの自律神経への影響、免疫力の低下による体力の低下、発ガンのリスクなどもみられる。

 

また、毒ガスの種類(ビラン剤、血液剤、嘔吐剤、催涙剤、発煙剤など)や、被毒の状況等で症状は変わる。加えて、個体差、年齢差もあり、一概に断定することもできない。特に毒ガスに含まれる有機ヒ素による作用が顕著であり、全身症状と捉える必要がある。

 

旧日本軍の毒ガス(あか剤、ジフェニルシアノアルシン)に含まれる有機ヒ素は亜ヒ酸であり、ビラン性毒ガス、ルイサイトにも含まれる。有機ヒ素は、わずかな量でも長期摂取すると遺伝子に作用し、発ガンのリスクが高くなる。中枢神経障害、小脳失調、脳血流低下などの他、めまい、ふらつきのみならず、個体差もあり、重大な健康障害を引き起こす全身症状と捉えるべきものと言える。

 

ビラン性毒ガスのイペリット、ルイサイトの場合、直接皮膚の糜爛(びらん)から血液に入り、またガスを吸うことで、のどの損傷、気管、肺の損傷、視力、視野狭窄など目の異常を引き起こす。

 

「イペリットは発ガン性、催奇形性、慢性気管支炎などの後遺症の発生の報告があり、“radiomimetic”とも言われ、その作用は放射性に疑似し、染色体異常などが発生する報告がある。(日本学術会議 平成17年03月23日報告書)

 

こうした症状の遅発性、症状の進行性が言われる一方で、現状では根本的な治療法はなく、対症療法にとどまっている。被害者達(被毒した人達)の健康及び精神被害は今なお続いている。 

 

② 具体的な症例


(A) 慢性気管支炎(進行性・遅発性被害)

   「毎日の咳などの呼吸器症状が一年のうち三ヶ月以上かつ二年以上持続してみられる状態」

 

(B) 肺性心

 

(C) 気道癌・胃癌、その他の癌の発症

    イペリットについて、IARC(国際がん研究機関)が「ヒトに対して発ガン性がある」と評価している。

    特に、気道癌の発症は顕著とされ、近時は胃癌等の発症も因果関係が認められている。気道癌を中心とする

    呼吸器系のガンは20年〜30年以上の潜伏期間の後に発症することもある。

 

(D) 眼

    眼がゴロゴロする感覚、結節がみられる、結膜浮腫・痙攣がある、まぶしい感覚、かすむ、涙目などの症状が

    ある。被害者に共通して視野狭窄の症状がみられる。

 

(E) 免疫力の低下

    人体の免疫力が低下したり、免疫不全を起こす。

 

(F) 皮膚疾患

    皮膚疾患は、ビランによるものだが、色素沈着と瘢痕残置で固定するものではなく、患者によっては慢性皮膚

    潰瘍を招き、数年経過してもなお慢性皮膚潰瘍が生ずることがある。慢性皮膚潰瘍になると、ただれる、膿

    む、暑い季節には痒くなる、寒い季節には痛むなどの症状がある。

 

(G) 中枢神経疾患、自律神経疾患

    めまい、頭痛、嘔気、呼吸困難、羞明感、眼痛、胃腸の具合が悪い、力が入らないなどの症状がみられる。

    短期記銘力障害、色覚異常などの被害者もいる。小児の被害者には、公汎性発達障害、知能障害の疑いがみ

    られる。

 

(H) 血流障害(血管炎、血栓等)

    血管の変形により動脈が閉塞する、動脈硬化などの症状がみられる。

 

(I) 胃潰瘍等

    ビラン性胃炎、胃潰瘍、癒着性の腸閉塞などの症状がみられる。

  

(出典:15年戦争と日本の医学医療研究会会誌 第13号2号)

③ 事案別症状例


 日本

■ 広島県大久野島の毒ガス製造労働者(戦時中)の場合: 

呼吸器、肺ガンが多発から、気管支、さらに中枢神経に及ぶ。

 

■ 相模海軍工廠・寒川本廠、平塚化学実験部(戦時中)

 多くの被災者の状況は今もって不明。

 

■ 千葉県銚子・銚子沖の漁民の場合:

1951年04月〜2002年03月まで負傷者129名、死者03名。

 

 

 ■ 神奈川県寒川の労働者(11名)の場合(2002年09月):

皮膚の糜爛から呼吸器、自律神経障害(慢性的な下痢、睡眠障害、気管支炎など)に悩まされ続けているだけでなく、視野狭窄ー球状  そして11名中2名に染色体異常が認められている。背中、両足にケロイド、何度も皮膚移植。被害者の一人は、2016年末から入退院を繰り返してきたが、2017年03月20日(被曝から14年半)死亡。死因、病名は不明。40代。

 

■ 神奈川県平塚の労働者(3名)の場合: 

「シアン化水素(青酸)による呼吸器障害」と「塩素ガス(ホスゲン)による遅発性呼吸障害」と医師によって所見が分かれている。

 

これは、想定される毒ガス成分のみの検査しか行わなかったため、発見された385本(2004.03.22.記者発表)のうち、101本からシアン化水素(青酸)検出されたが、残りの284本は成分不明のまま、「無害化処理」として、内容も確認せず破壊処理されたため。この成分が何だったのか、今後この3名にどのような症状が起きてしまうのか、まったく分からない。

 

 茨城県神栖の場合(2003年03月):

1990年代から健康被害、体調不良(例:めまい、手足の痺れ、ろれつが回らない等)を訴えていた。2000年には7名が入院するも原因不明とされていたが、その後、有機ヒ素が検出された。

 

生活用水として、長年飲用してきたため、脳の血流障害、神経障害、精神遅滞、発達障害など、将来にわたる健康障害を抱えたまま、今日を迎えている。大野原中央地区(「B地区」)に至っては、4名死亡している。(2017.05.現在)

 

被害住民500余名。うち健康手帳交付145名。

 

(補足) 

2006年07月に被害住民39名が国と県の責任と損害賠償を求めて、公害等調整委員会に責任裁定を申請。2012年05月、茨城県に賠償を命じるも、国に管理責任はないと免責。同県に対して、申し立てた39名中、37名に5万〜300万の支払いを命じた。

中国

(補足)

中国北部で起きた事件の原因となった毒ガスはイペリット(ビラン剤)・ルイサイト(有機ヒ素化合物)の混合剤。寒冷地では、凍結しないようルイサイトがイペリットに混合された。

 

■ チチハル事件被害者の場合(2003年08月):

事件直後、液体を浴びた人々は、猛烈な皮膚の痛み・痒み、目の痛み,吐き気に襲われ、数時間後には、毒ガスに接触した皮膚が水疱になり、後にびらん状態となっていった。被害にあった人々のうち、廃品回収所で液体を掬いだす作業をしていた一名の方は、ほぼ全身に毒ガス液を浴びたため、死亡。

 

■ トンカ事件被害者の場合(2004年07月):

足には大きい水泡ができ、ひどく痛んだ。足についた毒ガス液をぬぐった右手の指は膨れ上がり、真っ黒になった。被害者の2名とも61日間も入院した。退院後も、

・免疫力の低下(風邪を引きやすい)

・持久力の低下(以前のようには全く走れない)

・集中力や知能の低下(成績がかなり低下した)

 

被害少年(当時8才)の父親の証言:

「肉の腐った部分等を切る手術をしたが、麻酔が使えず、医師と看護士が少年の両手両足を押さえつけて手術をした。ベッドのシーツには、大の字の汗の痕が残っていた」という。

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(補足)

2017.03. スタディーツアーに参加した

看護師さんのコメント:

「3年ぶりに再会した皆さんの血圧は、15名中、正常範囲内は2名だけでした。軒並み高く、日本であれば病院直行という値の方もいました。肥満傾向、顔色、手掌の異常な発汗等見られました。また自覚症状では、記憶力や集中力の低下、排尿障害の進行等、悪化しています。繰り返す脳梗塞、心臓病の悪化、抑うつ状態等は深刻で、すぐにでも治療が必要です。」

 

 

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     誤解・差別による二次被害

  さらに被害者は、「イペリット中毒は感染する」という世間の誤った噂のために、近隣の住民や,友人,親戚からも差別されるという、二次被害にも遭ってい る。被害を受けた人のなかには、13歳以下の子が5人いる。彼らの中には、退院後復学する際に、クラスメートの保護者から「感染しないという証明書を出して欲しい」と要求された子も。

 こうした周囲から誤解・差別があるために、被害者の多くが,公の場に出ることを恐れ、孤独な生活を強いられている。

 

 「私の夢は、もう叶わない……」
 「私の夢はもう叶わなくなってしまいました。」

 

被害者の一人である、女の子の言葉だ。別の男の子は、将来サッカーの選手になるのが夢だったが、足に集中的に被害を受けてしまったため、もう十分に走ることはできない。
  事故後、子どもたちはみな一様に、記憶力・集中力の低下に悩まされ授業に思うようについていくことができなくなったり、友人からの心ない対応のために、辛く寂しい学校生活を強いられたりしている。事件によって、子どもたちの将来は一瞬で奪われてしまったのだ。

 

 

 


④ 代表的な化学剤の種類・種類別作用


①〜④は人の殺傷を目的としたもので、致死性化学剤に属する。 (しかし、窒息剤、血液剤の大部分は、今日では化学工業の原料としてなくてはならない化合物である。)⑤〜⑦は催涙作用や嘔吐、くしゃみ、神経系統の一時的な混乱等の作用により、戦闘員の戦 闘能力を失わせるためのもので、非致死性化学剤に属する。

 

窒息剤

呼 吸器系に作用して喉や気管支を刺激し、肺に障害を起こして死に至らしめる。 塩素やホスゲンが代表的な化合物である。第一次大戦中1915年4月、ドイツ軍によりボン ベ3万本に及ぶ塩素ガスが用いられたのが、 本格的に大量使用された最初の化学兵器の例 である。

 

血液剤

青 酸ガスが代表的な化合物で、体内に吸収された後、血液成分(ヘモグロビン)、 全身の組織に作用して呼吸器障害を起こし、昏睡を伴い死に至らしめる。窒息剤や血液剤は、揮発性が高く呼吸器を通して作用するので、防毒マスクを着用 することで防ぐことができる。

 

びらん剤(代表:硫黄マスタードとルイサイト)

マ スタードやルイサイトは蒸発速度が遅く、細かい霧状または水滴状で用いられることが多い。皮膚浸透性を有しており防毒マスクだけでは防ぐこ とはできない。マスタードは皮膚に付着すると数時間後に赤い斑点を生じ、 痛みを伴うびらん症状を呈する。目や呼吸器の粘膜を冒し水泡、潰瘍を生じる。第一次大戦 において1917年にベルギーの Ypres でドイツ軍がはじめてマスタードを使用したので、別名 イペリット(Yperite)ガスとも呼ばれている。ルイサイトはマスタードより効果の現れるのが早く、皮膚に付着したり、目に入ると耐えがたい痛みを生じる。旧日本軍のきい剤は、マスタードと ルイサイトの混合物である。

 

神経剤

化 学剤のうちで最も致死性の高い化学物質。1938年ジャガイモの害虫 駆除剤の研究中に、ドイツで偶然発見されたのがタブン(GA)である。その後、サリン(GB)、 ソマン(GC)がドイツ軍により次々に開発された。1950年代には米国、イギリスにおいて、更 に強力な V-ガス類が開発されている。神経剤は構造式でわかるように有機リン化合物でリ ン酸エステル類である。これらの物質は皮膚、目、呼吸器から吸収され、神経伝達系に作用 する酵素コリンエステラーゼの作用を阻害し神経麻痺から死に至らしめる。一連のオウムサリン事件が実際に使用された唯一の例とされている。

 

嘔吐(くしゃみ)剤

(旧軍における名称:「あか剤」)

主 成分は、ジフェニルシアノアルシン(DC)、ジフェニルクロルアルシン (DA)やアダムサイトのような有機ヒ素化合物であり、低濃度で、鼻、喉、目の粘膜に激しい 刺激を与え、くしゃみ、咳、前額部に痛みを感じ、高濃度では、呼吸器深部を冒し、嘔吐、呼吸困難、不安感を生じ死亡する例もある。化学兵器として用 いられた例は、ドイツのClarkI、 ClarkII(DC、DA)、アダムサイト、旧日本軍のあか剤(DC、DAの混合物)がある。

 

催涙剤

クロロアセトフェノンやクロロベンジルマロノニトリルのような、ハロゲン化合物で あり、目や喉を刺激し激しい催涙効果を示す。死に至らしめることはほとんどなく、現在でも暴動の鎮圧用に配備されている。

 

無能力化剤

LSDのような幻覚剤がある。一時的に人間の知覚や感覚に異常を来たし、戦闘能力を失わせるが、死には至らない。

 

(出典)荒廃した生活環境の先端技術による回復研究連絡委員会報告書「遺棄化学兵器の安全な廃棄技術に向けて」平成13年07月 日本学術会議